大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1356号 判決

控訴人

西鈴代

外三名

右訴訟代理人

井上恵文

外五名

被控訴人

右代表者法務大臣

古井喜實

右指定代理人

石川善則

外七名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人らに対し各金二五〇万円とこれに対する昭和三八年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一訴外西光が航空自衛隊第二航空団第二〇一飛行隊所属のジエツトパイロツトであつた者であり、本件事故当時の階級は三等空佐(事故後二等空佐に昇進)であつたが、昭和三八年四月一〇日午後零時五〇分ころ、第二〇一飛行隊配備の戦闘機F―一〇四J二六―八五〇四号(以下「本件事故機」という。)に単坐塔乗し、F―一〇四教官課程学生小林一等空尉の編隊長としての動作に対する教育指導、教育科目要撃訓練目標としての飛行及び空中戦闘訓練のため、千歳飛行場の南西約一〇マイル付近で右任務を実施中、突然訓練を中止する旨管制塔へ送話して千歳飛行場へ向つたが、間もなく、緊急不時着経路を要求する旨管制塔へ送話し、同日午後零時五七分ころ、同飛行場滑走路の南端から南南東約三五〇メートルの地点で西北方に向つて失速状態で尾部から接地し、その際の衝撃による頭蓋底骨折等により死亡したことは、当事者間に争いがなく、右死亡の時期が同日午後一時ころであることは、〈証拠〉によつて認められるところである。

二控訴人らは、本件事故は公の営造物の設置及び管理の瑕疵並びに公権力の行使に当る公務員の職務上の過失に起因するものであるから、被控訴人は国家賠償法二条一項並びに同法一条一項により控訴人らが被つた損害を賠償する責任がある、と主張するところ、被控訴人は、本件事故による損害及びその賠償請求の相手方が国であることを控訴人らが知つた時点から三年を経過していて、本件賠償請求権は時効によつて消滅したと抗争するから、まず、この点について判断する。

被控訴人は、控訴人らは本件事故の内容を同事故が発生した昭和三八年四月一〇日に知つたものであり、又本件事故機が国(航空自衛隊)の所有し管理するものであることはその以前から知つていたのであるから、控訴人らは本件損害及びその賠償請求の相手方が国であることを右同日知つたものというべきであり、従つて、同日から起算して三年を経過した昭和四一年四月一〇日の満了とともに消滅時効は完成したが、仮りにそうでないとしても、本件事故がF―一〇四戦闘機の最初の事故であつたため、当日及び翌日などの各新聞に大々的に報道され、各新聞による報道内容はまちまちではあつたが、エンジンの不調に因る墜落事故であるという点についてはほぼ一致していたのみならず、本件事故については、昭和三八年五月七日の衆議院内閣委員会での防衛庁長官の報告が同日の朝日、毎日の両新聞夕刊に報道され、右各報道によれば、本件事故の発端はスロツトルレバーが動かなくなつたためであるとされているのであるから、本件事故関係者である控訴人らとしては、遅くとも右報道のころ、同報道内容と同程度の事実を知つたか、又は知りえたものというべきであつて、事故の内容が一応判明し、それを法律的に評価して不法行為責任を追求できる状態にあつたといいえて、損害及び加害者を知つたものということができるから、遅くとも昭和三八年五月七日ころから三年を経過した時点において消滅時効は完成した、と主張する。

国家賠償法四条によれば、同法に基づく本件賠償請求権には民法七二四条の規定が適用されるから、右請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時から三年の経過をもつて時効により消滅するものといわなければならないところ、控訴人らが被害者に該当し、控訴人西鈴代がその余の控訴人らの法定代理人であることは被控訴人において明らかに争いはないところである。

しかして、控訴人西鈴代が自ら及びその余の控訴人らの法定代理人として、西光の本件事故に因る死亡の事実すなわち損害発生の事実を事故の当日である昭和三八年四月一〇日中に知つたことは、〈証拠〉によつて認められるから、本件の場合、加害者を知つた時点が何時であるかが重要な争点として検討されなければならないこととなる。

民法七二四条にいう「加害者ヲ知リタル時」とは、同条が不法行為に因る損害賠償請求権につき特に短期三年の時効を定め時効の起算時点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ることを意味するものと解するのが相当である。

ところで、控訴人らは、まず、国家賠償法二条一項に基づく、請求をするから、この点に関して判断するに、右条項に基づく賠償責任は、公の営造物の設置又は管理の瑕疵に起因する損害につき国又は公共団体が直接負うものであつて、その設置又は管理に当る公務員の故意過失ある作為不作為の有無を問うものではないから、本件の場合、本件事故機を所有し管理する者であることについて当事者間に争いのない国が右条項に基づく控訴人らの賠償請求において加害者に該当するものといわなければならないところ、このことを控訴人西鈴代が右賠償請求を行うについて事実上可能な状況のもとに可能な程度に知つた時期が本件訴訟を控訴人らが提起した昭和五一年三月六日の三年前までの時点であつたと認定できることは、原判決理由二2及び同三のうち原判決一八枚目表二行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。従つて、控訴人らの国家賠償法二条一項に基づく賠償請求に関する限り、被控訴人の時効消滅の抗弁は理由があるものといわなければならない。なお、この点について右時効の援用が権利濫用であるとの控訴人らの主張を失当と判断することは原審と同じであるから、この点に関する原判決の説示を引用する。

次に、控訴人らの国家賠償法一条一項に基づく賠償請求に関して判断するに、被用者の不法行為につき使用者が賠償の責に任ずる場合にあつて加害者を知るというためには、当該不法行為によつて被つた損害の賠償義務者を知るのみでは足りず、その損害の原因たる不法行為を行つた者を知るに至らなければ、賠償請求が事実上可能な程度に加害者を知つたことにはならないものと解するのが相当であつて、本件のごとき公権力の行使に当る公務員の職務上の過失に起因する損害の賠償請求の場合にも、国が賠償義務者であることを知つただけでは加害者を知つたというには不十分であり、当該公権力の行使に当つて職務上の過失ある作為又は不作為をなした公務員を知るに至らなければ、加害者を知つたということはできないものといわなければならない。しかして、この場合、当該公務員の氏名等を的確に知る必要はないが、少くとも右過失ある公務員が存在することの認識は、加害者を知るというために不可欠なことといわなければならない。けだし、右公務員が存在すること自体認識しない場合には、賠償義務者としての国の存在も認識するに由ないからである。

ところが、〈証拠〉を綜合しても、控訴人西鈴代としては、本件事故後本訴提起の昭和五一年三月六日に近いころまで、本件事故の原因は本件事故機のエンジンその他機械の故障か西光の操縦の誤りかいずれかであるとの認識を持ち続けていた事実が認められるほかに、控訴人西鈴代が夫の西光以外の公務員の職務上の過失に本件事故の原因があるとの認識を持つたと窺われる事実を認定することはできないし、他にこれを認定するに足りる証拠は見当らないから、控訴人らの加害者を知つた時期が本訴提起の時より三年を越える以前であつたとの被控訴人の主張事実を認定するに由ないものである。

よつて、控訴人らの国家賠償法一条一項に基づく本件賠償請求に関しては、被控訴人の時効消滅の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく採用できない。

三そこで、進んで本件事故が控訴人ら主張のごとく公権力の行使に当る公務員の職務上の過失に起因するものであるか否かについて判断する。

控訴人らの主張するところによれば、西光が所属していた航空自衛隊第二航空団第二〇一飛行隊を統括する北部航空方面隊司令官以下航空団司令、飛行隊長らは本件事故機が機体、エンジン、塔載装備品等に欠陥を有し、又はその整備に必要とされる部品や地上支援器材が不十分であることを知り、若しくは知りうべきであつたにもかかわらず、実戦配備を急ぐあまり、あえて右事実から生じる危険性を無視して、同機種を戦闘訓練飛行に就かせていたものであるが、右のような状態であるのに、本件事故機の整備責任者らは、本件飛行前その整備をなさず、本件事故機が定期整備後五〇日間も格納庫に置かれてあつたのに事前点検さえ行わず、そのうえ西光の指揮監督者である前記上官らは本件事故機の点検整備の結果を確認することもしないで西光を本件飛行に就かせたため、同人の操縦中エンジンの故障を生じ、因つて本件事故を惹起したというのであり、右主張事実を推認できる証拠としては、成立に争いのない甲第三号証を挙げうるところ、これを否定すべき証拠はない。

ところで、当審において控訴人らは、右主張事実中本件事故が本件事故機の整備不完全のため惹起された事実を立証するため必要があるとして、本件事故について航空事故調査委員会が作成し防衛庁航空幕僚監部が保管する「航空事故調査報告書」の提出を被控訴人に命ずることの申立をなしたので、当裁判所は、本件争点の特殊性を考え、右調査報告書が民事訴訟法三一二条三号にいう挙証者の利益のために作成され、挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成されたものに該当し、本件訴訟に必要な証拠方法となるものと判断し、かつ、これが本件訴訟資料に供されることによつて航空自衛隊における今後の事故防止対策のための有力な調査方法を放棄せざるをえなくなるとの被控訴人の主張を認めず、この主張を前提として右調査報告書の提出により重大な国家的利益が失われるとの被控訴人の意見をしりぞけて、昭和五四年四月五日右調査報告書の提出を被控訴人に命じた。同提出命令は同年四月七日被控訴人に送達告知されたが、被控訴人は、その提出を命じられた期限である次回口頭弁論期日(同年五月二二日午前一〇時)までに当裁判所に右文書を提出することなく、同年九月六日午前一一時の当審最終口頭弁論期日に至つてもこれを提出しないから、当裁判所は、民事訴訟法三一六条により、右調査報告書をもつて控訴人らが立証しようとする事実、すなわち本件事故が本件事故機の整備不完全のため惹起された事実を真実と認めることとする。

よつて、右法条の適用の結果と前掲甲第三号証とにより、控訴人らの前示主張事実はすべて認定できるところである。

以上の認定事実によれば、本件事故は、本件事故機のエンジンに欠陥を有し、定期整備後五〇日間も格納庫に置かれてあつたのにかかわらず、公権力の行使たる戦闘訓練飛行実施の指揮監督の職責を有する前記上官らが、本件事故機の整備点検結果の確認をなすべき職務上の注意義務があるのに、これをしないで西光を本件飛行に就かせた過失に因つて生じたものということができるから、被控訴人は本件事故によつて生じた損害を賠償する責任を負わなければならない。

なお、以上認定するところによつても、前記上官らの氏名、階級等を確定することはできず、これら公務員の前示過失と本件事故との因果関係の過程については右判示以上に明確にすることはできないが、本件のごとく、航空自衛隊所属の戦闘機の整備点検、その指揮監督に過誤があつたか否か、その過誤とエンジン故障に因る事故との因果関係の過程がどのようなものであつたかというような極めて特殊な、しかも高度の専門技術的分野における事実関係が争点となる事案にあつては、右に関する事実関係を明確にする資料を把握することの可能な国にその主張立証の必要義務を負わせるのが相当であつて、被控訴人において、関係整備責任者、指揮監督者である上官らを明らかにし、これらの者に控訴人ら主張の過失がないこと、仮りにその過失があつたとしてもこれと本件事故との因果関係がないことの因果過程の事実関係を資料に基づき主張立証する必要があるものといわなければならないところ、被控訴人はこれをなさないのであるから、本件要件事実の確定として前記認定判示の事実をもつて十分なものといわざるをえない。

被控訴人は、本件事故は西光が本件事故機の故障発生後に機外脱出の決心をしなかつたこと並びに帰投に際し同人が過早にエンジンを停止させたことの判断の誤りに起因する旨主張するが、この主張事実を認めるに十分な証拠はなく(成立に争いのない乙第一三号証の三に国務大臣の国会における答弁として右主張事実に副う記載があるが、これは本件事故原因の究明のために設けられた事故調査委員会の調査完了前において国務大臣として判明したところに基づいて、その推定的考えを述べたものであり、当審証人野津悠弘の証言中、西光が機外脱出をしなかつたとの部分は他の文書による伝聞に基づくものであつて、いずれも右主張事実認定の十分な証拠とはなし難い。)、その他本件事故が西光の操縦の誤りによつて生じた事実を認めうる証拠はない。なお、前記認定の事実によつて見れば西光においても本件飛行前に自らエンジン整備の点検を尽さなかつた事実を推認することができるけれども、同人が前記教育担当者として塔乗飛行するに当りエンジン故障の原因を発見できるまで点検を行うべき任務を負つていたことを認めるべき証拠はないから、同人がこれを行わなかつたからといつて過失を問うべきではない。従つて、本件においては西光の過失として斟酌すべきものはないものといわなければならない。

四控訴人西鈴代が西光の妻、その余の控訴人らが西光の娘であることは当事者間に争いがない。もつとも、控訴人里美、同宏美の両名は双生児であり、本件事故当時はまだ出生しておらず胎児であつたが、その六日後である昭和三八年四月一六日出生した者である点についても当事者間に争いがないから、右両名は民法七二一条により本件賠償請求権について本件事故発生時に既に生れたものとみなされるものである。

控訴人らが本件事故に因り夫又は父を奪われ、甚しい精神的苦痛を被つたことは前記認定の事実関係と原審における控訴人西鈴代本人尋問の結果に照らし明らかであり、これを金銭をもつて慰藉するとすれば、控訴人ら各自につき二五〇万円を下ることはないものと認められるから、各右同額をもつてする控訴人らの請求はいずれも理由がある。よつて、右に対する本件不法行為の日の後である昭和三八年四月一一日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求も正当として認容すべきであるから、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決を取消し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安倍正三 長久保武 加藤一隆)

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